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脳卒中を生きる(Title)

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        目次:



 2.片マヒ自立研究会・主宰 「森山 志郎」先生からの会員への便り

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3.森山 志郎会長の「ガン」の報告論文と「人生を見つめて」

  • ①「老いへの成熟」は「誠実な人生」の結果
  • 私たち、戦後の社会を生きた人生は、決して平穏な日々ではありませんでした。むしろ貧困と嵐が続いた日々だったと云うべきでしょう。
  • その貧困と嵐の日々には夫婦が共に立ち向かってきた歴史が刻み込まれています。結婚して新居を構えた石炭鉱山は、石油の輸入が自由化されたために破綻して閉山してしまいました。
  • 途中入社した新しい会社は、古い事業の合理化と、新しい事業の創立に懸命に取り組んでいましたから、働き盛りの私にはゆっくりと家庭を顧みる余裕などありませんでした。子供の養育は妻に押しつけるのが精一杯の人生でした。
  • 会社定年を延長していただき、ようやく静かな人生を送れると思った頃、皮肉にも脳梗塞が襲い、右半身麻痺の重い障害が私に圧し掛かったのです。このまま中途半端に人生を終わることは耐え難いことでした。
  • そして、幾多の難路を経て障害と共に生きる自信が生まれました。
  • その体験記「歩けた!手が動いた」の出版以来、「脳卒中サバイバー」として全国の講演活動も100回を超えて、積極的に生きる生き方を手に入れることができました。
  • 私が設立した「片マヒ自立研究会」の例会活動が100回を超えたことを記念して、社会学者の細田満和子先生を招きました。

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  • そこで初めて、「障害のあるサバイバー」という考え方がある事を知ることができたのです。きっと前向きに生きる障害者の態度と思います。
  • 私たちは改めて、生き方を広い社会学の視野から見つめなおす必要を感じました。やがて、新婚旅行もろくにしていなかった私たち夫婦でしはたが、2004年に妻と共に海外に旅をして金婚式を祝うことが出来ました。外国の自然を眺めながら「連れ合い」と共にしみじみと成熟した夫婦を感じたのでした。

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  • 最近、それは2009年春、男性老人に特有の前立腺肥大が見つかりました。
  • 「念のために癌の検診を」と言う医師の示唆に応じて「生検」に踏み切りました。不安な情報でも無視したり、曖昧にせず、家族と共有することは、共に生きる者を裏切らない「誠意」であり「義務」と信じたからです。
  • それよりもその健康の不安に対抗する積極的な対策を協力して行うためには情報の共有は家族の必要な条件と思ったからです。

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  • ②「チャンスを与えられた人は、実行する使命がある」
  • 障害者になった私には、自分の苦しみに満ちたリハビリとその克服の体験記「歩けた! 手が動いた」「心が動く」の2冊として出版しました。

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  • 自分の裸身を人前に曝け出すという心理的な抵抗はありましたが、この報告を多くの人々に届けたいという情熱のほうが勝っていました。
  • 更に、全国保健婦研修会とか看護学会でも報告の機会が訪れ、私に与えられた聖なる初仕事として、医療関係者や学生、そして立ち上がろうとしている障害者の「生きた教材」としての活動に取り組んだのです。
  • 06.jpgやがて、活動が地域社会にも広がり、自治会の役員になってから、地域内の道路問題を切り口に、地域全体のバリアフリー化の計画を推進してその実現ができました。チャンスは向こうからやってくる事を実感しました。
  • 私はこれも「仏の方より行われる」事だろうと理解しています。
  • 私たちに大切なことは、常々から、機会がめぐってきた時に対応できる準備をしておくことだと思いました。
  • 高齢社会の不便さには、障害者なるが故に見えてくる問題も含まれています。
  • それらの解決に向けて私たちは主張をしていかねばなりません。
  • アメリカの患者団体の活動にはアドボカシー(Advocacy) と云う、積極的に自分を主張して、訴訟や教育を含む活動があると聞きます。
  • オバマ大統領の出現で私たちは、幾世紀にも渡る、黒人社会の粘り強い人権獲得の闘争を知り感銘を受け、「主張」することの大切さを学びました。
  • 障害者になることで知ったり、体験が出来た様々な問題は、自分が困るというだけの問題ではなく、次の世代が蒙る問題、将来のための問題解決として考えねばならない問題なのです。
  • そしてその担い手は「私やあなた」なのです。
  • ③ 黙々と歩く07.jpg
  • 私の病気を引き起こした体質は、糖尿病体質であり、今では本物の糖尿病として管理しています。障害のリハビリと共に運動が必要なのです。
  • その運動には「歩く」ことが中心になっています。
  • 歩く能力を維持し全身の血行を良くし、食べ物が取り入れたカロリーを燃焼して、余剰エネルギーが脂肪として体重の増加をさせないためなのです。
  • 歩きながら頭の中を整理します。
  • また、運動で「汗」を流します。この汗と共に老廃物や重金属を体外に排出させる重要な対策と信じています。
  • 頭の中では様々な考えが浮かんでは消えて整理されて行きます。
  • 忘れてならない事を三つ申し添えます。
  • 一つ目は、歩くことには危険が伴うので「絶対安全」の注意をしてください。
  • そして二つ目は、外出から帰ったら必ず、手を石鹸で洗い喉と鼻の嗽をして下さい。
  • 三つ目は必ず肌着を取り替えてください。
  • 私の場合、右半身に汗が出ていても、マヒのない左半身の肌はさらさらしているので見過ごすのです。つまり私の右半身は、左半身と違った特性を持っているのです。

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  • ④ 「障害を持つサバイバーの道」は、地図がない08.jpg
  • 障害を持つ「サバイバー」として老人になる道は、砂漠を横断した三蔵法師や、未踏の南極大陸に挑戦したアムンゼンのように、参考になる図面のない道なのです。
  • 障害があっても、それに負けることなく自分の才能を発揮させたベートーヴェンや宮城道雄と言う大音楽家は別として、平凡な市民である私の手本は中々見つかりません。
  • しかし、この険しいルートを抜けて出なければ、「サバイバー」として生きることは出来ないのです。
  • 自分に出来る限りの力を尽くし、自分で信じた道に賭けましょう。09.jpg
  • 自分の力が尽きるまで努力して、自力が果てた後に始めて「神の見えざる手」や「御仏の方より行われる」と、他力の支援が現れる「他力本願」を固く念じ信じましょう。
  • これは私が書展の準備に新しい書体「篆書」(てんしょ)に挑戦をしていた時のことです。どんなに努力しても篆書の線が思った通りに書けませんでした。
  • 諦めかけて「今年はダメだったか。もう一年頑張るしかないか」と、最後の一枚と思って筆を取り上げた時、突然、これまで出来なかった、難しい篆書の曲線が自由に書けるようになったのでした。
  • こうして篆書の難しい部分を無事に通り抜けたのです。10.jpg
  • 「自力を尽くして他力の現れるのを待つ」と言う禅の思想が始めて実感できたのでした。
  • お習字は誰でもが適している良い分野とは限りません。
  • 一緒にお習字の師匠に弟子入りした障害者の仲間は、残念ながら脱落していったのです。一人一人が素質も違えば、環境も違うからでしょう。
  • ただお習字は私にとって大切な世界でした。
  • 左腕で書いた作品を区民文化祭の会場で眺めて、私の自信は揺らぎのないものになったからです。
  • それは新しい「森山志郎の誕生」と言う記念すべき瞬間でした。
  • 私は古い着物を捨てる決心をしました。
  • 私は昔に戻るのではなく、新しく誕生した森山志郎を少しずつ磨きながら完成に向けて作り上げることでした。
  • その世界は、会社員としては予想もしなかった心の豊かさに驚きもしました。
  • そこは「人と競う」世界でなかったからです。
  • そこは、人によって一人一人が様々な「生きる意味」を大事に、その人なりに自分の人生を作り上げる世界なのです。
  • ⑤ 人生の「物差し」はさまざま
  • 古来、日本人は長寿を祝いました。そしてこれは、還暦、古希、喜寿、傘寿、米寿、白寿と高齢期の節目に応じていました。 
  • 11.jpgしかし人生の「連れ合い」と共に過ごした時間、夫婦の時間を祝う、銀婚式とか金婚式は外来の文化なのです。
  • こんな記念は改めて自分たちで感謝をして祝うことにしたい貴重なものなのです。
  • それは、全ての価値を「金銭」の単位に換算して計り、それを比較する世界もあります。金銭が幸福の全てと思っている人が沢山いたからでしょう。
  • 確かに経済的に楽かもしれませんが、しかし、金銭で買えない貴い価値があることに気がついている人もあるのです。でも中には死ぬときに「あの世まで金をもっていきたい」と内心が満足しない人もあるそうです。
  • そして、使命感と共に生きる人の人生の時間は、金銭で比較することが出来ない深い豊かな世界と思います。
  • 使命の達成は心を豊かに潤し、感謝の気持ちに溢れて人生の最後の日を迎えるでしょう。老後を生き生きと生きるためにも、この使命感が老人には特に必要といわれる訳です。使命感を持つ人の価値観は金銭や物の豊かさとは関係がありません。
  • 「食は命をつなぎ、家は雨や風を凌げば足りる」のです。
  • 「欲望を満たす」方向に進めば、どこまで行っても「際限のない欲望の拡大」に追
  • いつくことはできないのです。そして「飢餓感」に悩むのです。
  • 古人はこの哲理を「吾唯知足」と説きました。
  • 欲望が小さければ少ない物質で満足が出来る心の不思議さを説いたものでしょう。12.jpg

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4. 「奉謝」の思いと1日も早い復帰を願う。

  • 4-1  障害者の「挑戦」と「出会い」13.jpg
  • ① 障害者は、様々な喪失を最初は危機としか認識できないが、個人としての異なる様々な試行錯誤に挑戦します。
  • ② 「絶望」の中から、挑戦する心を支え、病を持つ自分を肯定的に捉え直すことが出来るようになるには、「医療関係者」・「家族」・「友人」・「思想」・「仲間」などとの出会いに大きな影響があります。
  • 4-2 辛いリハビリに向かわせてくれた最大の力「ピアサポート」:
    • 「同病者との出会い」が「未来の自分を描く力に」
  • ① 私は病気の不安、過去の清算、自分の弱さ、悩み全般のことを誰にも言えず耐えていました。特に「亜脱臼を起こした左の肩の痛み」に苦しみ続けていたのです。
  • ② 長い時間を経て、「心が動く」森山志郎著という1冊の書と出合いました。そこには、障害と共に15年間生きて来られた現実と越えて来られた多くの課題と努力の道程が、丁寧に正直に語られ、加えて「障害と人生」に深い考察がなされていました。
  • ③ 私は、森山先生が主宰する「片マヒ自立研究会」へ参加しました。森山 志郎会長の「哲学者であり、深い宗教心」に基づく、「障害受容」への思索と探究心に驚愕(きょうがく)しました。
  • 当初は、できない自分を見つめさせられていましたが、森山会長の行動に深く感動すると共に、私もできるかもしれないという「憧憬の心」が浮かんだのです。
  • ④ さらに、「片マヒ自立研究会」で、発見したことは、そこでは、あまり努力しなくても、仲間の中では分かり合えることでした。14.jpg
  • ⑤ 傷ついた者同士がお互いに「相手を癒してくれる」そんな立場があることを知りました。
  • ⑥ 互いが互いを必要としつつ支え合うという「出会い」がありました。他の人を知ることで、未来の自分を描けるようになったのです。そして、辛いリハビリに向かう大きな力になって行きました。
  • ⑦ 「感謝」より「奉謝」の思い
    • 私は、森山 会長との出会いがなかったら、今を生きる私の存在は、自分にとって、もっと悲惨なものであったと思います。
  • 森山会長の強烈な意志と行動力は、110回に及ぶ全国の講演会、150回に及ぶ「片マヒ自立研究会」の開催を実現してきました。
  •  著書「「歩けた! 手が動いた」「心が動く」の出版、多くの書籍への出稿などを通し、多くの気づきとご指導をいただきました。会長の行動により、どれだけの方々が救われたことでしょうか。
  • 感謝というより、「奉謝」の思いを捧げます。 
  • 4-3 回復を信じ、1日も早い「片マヒ自立研究会」復帰を願っております。
  • ① 会長からの「メール-1」です
  •  「片マヒ自立研究会では年末に恒例の忘年会があります。
  • 今年は17日です。場所は横浜駅西口モアーの中です。
  • だんだん歩くことが困難になっていますので私が参加できる機会は減ってきました。
  • 若し遠い岐阜から参加いただけるなら、長山さんに手渡ししたい作品を持参します。
  • 加えて新しい優秀な会員とも引き合わせたいと思っています。
  • 年齢差が少ない方ほど説得力があるからです。
  • 若しご都合がつけばお会いしたいものです」
  • メール-2 (平成24年1月号ホームページ論文の校正依頼の返信です。)
  • 「前半、後半共に無事に受信しました、編集の作業はご苦労様でした。
  • 一つの作品が完成しますね。校正はこれからやります。
  • ありがとうございました。
  • 私は「ガン」と徹底的に戦います。」
  • ② 心から、1日も早い「片マヒ自立研究会」復帰を願っております。

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