topix 2011-1-1

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脳卒中を生きる(Title)

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目次:「トッピックス 平成23年1月」





1)新年 明けましておめでとうございます!

  • 今年は卯(う)年です。002.jpg
  • 卯はうさぎで、素早い動きとジャンプ力が特技のうさぎは、ことわざに「うさぎの上り坂」とあるように、良い方向に進む躍動感ある生き物です。
  • 卯年は進歩のある年とされているようで、可愛らしい雰囲気から干支の置物や兎の縁起物は人気が高くなっています。
  • うさぎは家族で行動するためか、家族愛を象徴する干支でもあり、卯年の方は温厚な方が多く、人間関係を上手に築いていく優しい性格であるようです。
  • ただし、卯年の方は慎重で配慮が効く反面、先走りしないようにすると上手くいくとされています。
  • 卯は方角を表す時には東を示し、卯は「茂(ぼう:しげる)もしくは「冒」(ぼう:おおう)意義があって、旧暦の2月の頃、春めき草木が地面を茂りだす状態を表しているとされます。十二支としての卯十二支では4番目で、動物にあてるとウサギです。
  • また、時刻でいうと現在の午前6時頃、およびその前後約2時間(午前5時から7時頃)をさします。


2)「超高齢者時代・障害者の新しい時代」を考える

  • 長き時を経て、「今、恩師の声が甦る!」
  • (1)「癒し」と「多くの人との出合い」の場
    • :(脳卒中・自主グループ)ピア・カウンセラーの果たす役目


(1)癒しの場

  • ① 「癒し」ということは、「苦しむこと」、「悲しむことのない」場が、容易に与えられるのでは
    • ない。「障害の苦しみや悲しみを」体験しながら、試行錯誤の果てに、「新たな自分に」巡り合うまで、その悲しみや苦しみを自らが引き受ける者こそが癒されることをいうのである。
  • ② そこには、それぞれの人格を尊重し、見つめ、生き続けてくれた「仲間の生きた体験」や
    • 「思いやる優しさに」支えらていた。
  • ③ 過去の悔恨に涙し、過去への追悼の助けを、深い思いで見つめてくれている。
    • そして、日々の心の傷に、静かなまなざしで見つめ続けてくれる。
  • ③ そして、みずから「苦しむもの、悲しむ者」を越えた人々が、また、病む者、
    • 苦しむ者、悲しむ者の「癒し人」に「変容」して行くのである。

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  • 2.仲間(ピア)との出合いは、「多様性に広がることのできるプラットホーム」
  • ① 人は、自分の決めた道を歩く「無料の往復」切符が与えられている。
    • いつでも、瞬間に行き先から、「プラットホーム」に戻って来られる。
  • ② 帰れば、プラットホームはいつも、行き先が360度に開かれている。
  • ③ そこでは、脳卒中を体験した多くの方の「歩んでこられた道」が語られている。
    • 自分の「歩いていく道」と「歩ける方向の可能性」を提供してくれている。
  • ④ 自分さえ認めれば、多くの人が歩いた道を一緒に辿ることもできる。
    • 多くの経験しながら、自分の新たな道を求める自由が与えられ、仲間は、その実現を願い、
    • 支え、いつも祝福してくれている。

  • 3. 深層心理に宿る個々人の生きようとする「言葉」との出合いの場
  • ① 仲間に、心の葛藤と苦しみを理解してもらった時、心に心地よい空間が出来て行く。
  • ② その空間に、「勇気ある言葉」「美しい調べ」「清らかで荘厳な自然の美」が甦る。
    • その今まで学んだ数々の言葉の中から、人は自分の心の奥底に「鳴り響く言葉」を探し始める。

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  • 4. 「高齢期と障害を生きる意味」を見つめさせてもらえる場
  • ― 新しい自分との「出会い」:005.jpg
  • 私は、「強い主体」と「弱い主体」を体験したが、「弱い者こそ、困難の多い生を懸命に生きる強さと誇りを持っている」という言葉に触れた。
  • ①「ニーチェ」は「苦痛そのものに耐えられないのではない。
    • 苦痛に意味がないことに耐えられないのだ。」と言った。
  • ② 過去の総括への行動との「出会い」:それは、自分の苦悩から目をそらす
    • ことなく、冷静に「過去と苦悩」を分析することから始まった。
  • ③ 試行錯誤の果てに、「変容」した「新しい自分」を細田満和子氏は「脳卒中を生きる意味」
    • (青海社)の中で、次のように定義した。
  • ・ 従来のように健康で効率良く働ける能動性を備えた「強い主体」ではなく、身体に限界
    • 付けられ、否応なしに外界からの働きかけを受け、受動的にならざるを得ない「弱い主体」である。
  • ・ しかし、この「弱い主体」は自らが傷つきやすく、弱い存在であることを経験として知ることに
    • よって多様性に開かれるという、「人間としての豊かさ」を兼ね備えた肯定的存在である。
  • ・ 弱さを肯定できる「新しい自分」は、健康で働ける強い者だけに高い価値が置かれ、
    • そうした強い者が、病や障害を持つ者や働けない弱いものを支配するような構図に疑義を呈し、弱い者こそ、困難の多い生を懸命に生きる強さと誇りを持っていると考える。》と。
  • 私は、人生で「強い自分と弱い自分」を生きているという事実に深く感謝した。人類の人生の最後に「高齢者の時代」があることの意味を見出して行ったのである。


(2)脳卒中等の「人生の突然」の危機に遭遇して

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  • 1. 「障害受容の壁」の出現と「人の反応」について
  • ①  私は57歳という人生の後半に、「脳梗塞に倒れ」私は、その壁の威力の凄まじさに打ち
    • 砕かれたのである。今、9年目を生きている。
  • ② 自らの置かれた状況が、過去の経験を参照しても、対処できない全く新しい「危機」と思われる
    • ような時、人は自己を否定するようになる。そこには「深い絶望」を伴う。
  • ③ 人生の途中で重い病気や障害を持った者を含め、深い苦難に出会った者は自らの生す
    • 肯定できなくなる。「障害者になった私が生きる価値や方法があるのか。」と問い続け「ある筈は無い。」という答えに苦しみ続ける。
  • ④ 見えない手探りの暗闇に、なかなか出ない新たな決意を作り出さなければ成らなかった。
    • 決意できるまでの、内へのエネルギーの重圧や歩き出すべき方向の確認に中途障害者は苦悩し続けている。

  • 2 真の「出会いの意義」について:ピア(仲間)カウンセリング
  • ① 「絶望」の中から、挑戦しては、失敗し、失敗しては挑戦する心を支え、病を持つ自分を肯定的
    • 捉え直すことが出来るようになるには、「医療関係者」・「家族」・「友人」・「思想」・「仕事」・「仲間」などとの出会いに大きな影響があった。007.jpg
  • 特に同病者との出会いは重要な意味があった。
  • ② その「出会い」は、単に人と人が会うことや同じ場所で
    • 行為することとは異なる。
  • ③ 真の「出会い」とは、危機に陥って「生きるということ」が
    • バラバラになるという状況に「直面した人」と、「支える他者」が、互いを必要としつつ支え合うという関係性が築かれることである。
  • ④ ピアカウンセリングの目的の第1は「私一人ではない!」という
    • メッセージであった。同じ苦しみを体験し、それを越えようとしている人々の出会いにより、「疎外感」が軽減されたのである。


(3) 「私への突然の光」・「恩師の声が今、甦る!」

  • ① 障害の発症を受けた人間が、多くの「絶望」と「失われた希望」の中で、行動を続けて行く。
    • 歩くという当たり前の事から、「試行錯誤・思考錯誤」が行われて行く。その一つ一つに、未経験の「心身」の反応体験を積み重ねて行くのである。
    • 私は、他の障害者が感じてこられたことと同じような多くの課題を背負い、挑戦を続けた。
    • 他の方の、「体験」は、参考になっても、生きる実感に届かないのであった。
    • 多くの、「体験記や専門書」を読んだが、「徹底実行」までの思いが出てこないのだった。

  • ② 私は、若いころ、生き方が分からず、苦しんでいた時の恩師の言葉を思い出し、「脳卒中」と
    • 「脳卒中を生きる意味」を求め、必死に探した多くの書籍に学んで行った。

  • ③ 「恩師の文章の意味が分かりません!」という心からの問い掛けに、恩師は

    • 「ただ読み続けなさい。生命で書かれたものは生命が分かる時がくる。
    • 風の音か、川のせせらぎの音か、人の足音か、何かをきっかけにして分かる時がくる。」

    • と諭して下さった。
    • その言葉を心の主眼に置き続けられたことで、「求める意欲」を保つことが出来たのだと思う。

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  • ④ それは、ある日突然訪れてきた。
    • 私は、脳梗塞に倒れた日から、2人の友人が「リハビリで一緒に歩かせてほしい」と
    • 3年もの間、歩き続けてくれた。9年目の今も、同じである。
    • その方々と「愛知万博」に行った時であった。
    • 私は、社会復帰後の生活や社会的役割の変化に自信喪失を感じていた。

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  • 今思い返すと、第3次「心因性脳卒中後うつ」出合っていた時期であると思う。
  • 「誰とも会いたくない・若干の引きこもり状況」の自覚があった。
  • 多勢の人の前に「障害の身」をさらしたくないと思っていたのだ。
  • しかし、このことは、誰にも言わない私だけの思いであった。
  • ものすごい人の流れに身の危険さえ感た。
  • 友人は、妻と一緒に私を防御してくれていた。
  • 恥ずかしさの中で、衝撃の人の走る音に、私は瞑っていた目を少しずつ開けた。
  • 私が見たものは、何千人もの人が、目当てのパビリオンに走る姿であった。
  • 凄い砂ぼこりを上げて、「ドー」という声になっていた。
  • 私は、背を伸ばし、目を見開いた。
  • 誰ひとり、私を見てはいなかったし、私の障害なんて誰も興味もないのであった。
  • 遠くに、「車いす」の障害者と「介護の方」が見えた。
  • 有名なパビリオンに長蛇の列が出来ていた。
  • 車いすの人と介護の人は、その一番前に誘導されて行く。
  • 介護の方の「心からのお礼のしぐさ」を「美しい」という思いで見つめていた。
  • 長蛇の列の誰ひとり不満を表すのではなく、当たり前のように道を開けていた。
  • 「恥ずかしいことは無い!恥ずかしい心があるだけだ!」
  • 私は、胸いっぱいの思いで、自分の心を感じる為に、目を閉じた。
  • ひっきりなしの人の流れは、いつの間にか、心地よい「風の流れ」にかわっていた。その日の、短い日記である。
  • 今日は“万博”に来た  平成17年9月12日
  • ・ 今日は、万博に来た。凄い人だ。多くの人が、風になって流れて行った。
  • ・ 私も、長く深く、求めて来たから、自分の不可能も見つめてきたから、来週から、
    • やれることを探して行こうと思う。私が私であれる仕事に出会うはず。
  • ・ 何故、人が人であることにこんなに感謝出来るのだろうか。自然は、なぜこんなに「安らぎ」
    • を運んでくれるのだろうか。
  • ・ 行く先に小さな光が、見える。「白と淡いブルー」の輝けるような光だ。

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(4)高齢化社会・障害者の「新しい時代を生きる」

  • ① 私は、この後「60歳にしてパソコン教室」に通い、「ホームページ」を立ち上げ、
    • 「団塊世代の会・かがやき世代の会」の設立、「NPO なんでもサポートセンター・岐阜」に参加し、第3次の社会参加「経営コンサルタント」を続けた。

  • ② 健常者の時、私は「バブル崩壊」を予測できず、企業経営に大きな禍根を残した過去の
    • 「経営の総括」を徹底的に実施した。
    • 誰の為ではない!経営者としての自分の総括は、私にとって、未来を生きることを自分に許すためだと思えた。
  • 「ランチェスターの法則」で過去の事業の「失敗の教訓」をまとめ切った時、私には、過去に「成功した要因」も明確に把握できたのであった。

  • ③ 過去の精算を終える作業が完了して行った時、「リーマンショック」の直撃を受けた。
    • この地方の複数の経営者からの相談が寄せられた。その「ランチェスター法則」を地方の中小企業の経営者に伝える、「ランチェスター戦略塾」という新たなる「私がなすべき仕事の扉」が開かれて行ったのである。

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