
- 目次:「脳卒中を生きる・トピックス 平成21年5月」
1)著書「脳卒中を生きる意味」発刊と記念講演
1.著者のご紹介
- 細田満和子(ほそだみわこ)
- :1992 年,東京大学文学部社会学科卒業.
- 東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了,博士(社会学).
- 日本学術振興会特別研究員を経て,米コロンビア大学にてアソシエイト、現在ハーバード大学公衆衛生大学院.
- 著書に「『チーム医療』の理念と現実」(日本看護協会出版会),
- 「脳卒中を生きる意味」(青海社)「チーム医療論」(医歯薬出版,共著),「医療倫理学」(中央法規,共著)などがある.
2. 著書「脳卒中を生きる意味」のはしがきと「書評」2篇
①著書著者
- 細田満和子
- ISBN4-902249-22-7
- 青海社
- ②「脳卒中を生きる意味」の「はしがき」より抜粋
『はじめに』から(途中略)
- 折りしも,2006年4月の診療報酬大改定により,脳卒中になって180日を過ぎたら原則として,リハビリ訓練は受けられなくなるという事態が生じてきている。
- だが,これには大きな問題がある。
- 本書は,脳卒中者に対する聴き取り調査を元に,彼らが死を思う絶望の中から,生きる希望をかろうじてでも見つけられるまでの過程をつぶさにたどった。
- その結果,人によって異なるが,少なくとも数年は必要なことが明らかになった。
- 人々はその間,先が見えないトンネルの中を歩くような気持ちで,日々リハビリ訓練に励み,新しい身体に慣れつつ,新しい生活をつくり上げ,〈生きる〉という方向に向かおうとしている。
- 〈生〉の試行錯誤には,数年という時間がかかるのである。
- リハビリ訓練がわずか半年くらいで打ち切られたとしたら,脳卒中になった人々の多くは,絶望から抜け出すことが困難な状況に陥るだろう。
- 180日でリハビリ訓練が打ち切られる事態は,く生〉の危機を引き起こしかねない。脳卒中者の〈生〉の現状を診療報酬改定関係者が知り,この危機的な状況が再考されるよう,本書が貢献できることを強く望む。
- 2006年10月
細田満和子

・「書評」
1 内容(「MARC」データベースより)
- 人は絶望からなぜ立ち上がれるのか? 気鋭の社会学者が、脳卒中の絶望の中から再び生きようとする人々にとって、出会いが意味するもの、変容がもたらすこと、そして限りない希望を描きだす。
- 2. 書評(一部抜粋)
- ●評者:天田城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授)
http://www.josukeamada.com/bk/bpp43.htm
- 本書は、脳卒中を生きる人々が「どのような過程を経て、病いの後の生を可能にしてきたのか。すなわち、いかにして「このような自分も生きていてよいのだ」と自らの〈生〉を肯定できるようになったのか」という「初発の問い」を立てながら、筆者自らも彼/彼女らと「出会い」、彼/彼女らの「声を聴き取る」ことを通じて自らの〈生〉を問い直しつつ、「病いと障害が突然やってくる脳卒中になった人々を対象にして、彼らがその後の生を〈生きる〉ということをテーマに論じるものである」(2頁)。
- 本書の結論を極めて乱暴に圧縮・要約するならば、要するに、【脳卒中を生きる人々は、病いを得る前までは自明に思えた世界が言わばバラバラに断片化していく中で自らの存在を自己否定してしまうことがあるが、そのような只中にあってこそ、幾つもの試行錯誤を重ねていきながら、病いや障害の身体を生きる自己を「新しい自分」として感受することがあること。
- そして、脳卒中を生きる人たちが「新しい自分」へと「変容」することはまさに他者との「出会い」を契機にした自らを肯定することを通じて可能になっているのである】、ということが詳細かつ緻密な描出を通じて提示された書であると言えよう。
- 「みさき会」「若葉リハ友の会」「自立研究会」という成り立ちも性格も異なる3つの患者会における27名の脳卒中を生きる人々への聞き取りを通じてその「〈生〉の多様性」を記述するが、本書の最大の目論見は【様々な試行錯誤や他者との「出会い」を通じて「新しい自分」へと「変容」すること】、その《可能性》を指し示すことにある。その意味で、本書を通じて上記の「初発の問い」とその《可能性》の記述がいかに根源的な困難性を随伴せざるを得ないのかを私たちは再認識することになるであろう。
- ・評者:長山 弘(片マヒ自立研究会 会員 1種2級 左片マヒ者 発症:平成14年 )
- 「障害受容」を超えて再び生きるためにー
- 脳卒中に倒れた障害者は、自らの「生」を否定する深い苦悩に陥る。
- その苦悩の深さは「生き甲斐と生きる価値の喪失感」を伴い、どのような過去の経験を参照しても対処できない絶望を伴う危機に出会う。
- 脳卒中の後遺症は、障害を受けた部位や大きさによって異なり、「個人差のある障害と個人ごとの障害受容のあり方」が説かれ、障害者にとってある一点以上は自分個人の問題であると「孤独な、耐えるしかない、悲しみを内包せざるを得ない課題」に出会う。
- 数々の「ステージ理論」は、いずれは「受容の段階」に達することを前提としている。
- しかし、実際の障害者や家族にとっては、「慢性的悲嘆」「絶えざる悲しみ」を内包している。
- この悲嘆の状況を細田氏は、「生きるを成り立たせる5つの位相ー生命・コミュニケーション・身 体・家庭生活・社会生活の分裂」という視点で捉えられた。
- 「分裂した生」は、「真の出会いー危機に陥った人と支える他者が互いに必要としつつ支え合う関係」によって、「新しい自分」を見出したとき、バラバラになった「生をかたどる5つの位相の再統合」がなされていく「変容」を齎すと結論付けている。
- この結論に到るまでに、著者は気の遠くなるような時間を、多くの「脳卒中患者とその家族」「療関係者」「行政」等への聞き取り・傾聴を実施している。
- 個人差を超えて、障害者の「変容の条件と再び生きる意味」を問いかけている。
- 障害者の私にとって、「障害受容」の先にある「変容」という「人間の可能性への新たなる指標」を得た思いであった。
- 「障害受容」という概念で止まっている限り、真の救いを見出せなかった私にとって、本書は、多くの希望と光と哲学的根拠を齎してくれた。
- 多くの、医療行政の方・医療関係者・PT・OTの先生に読んでいただきたい珠玉の名著に出会えたことを感謝する。

3. 記念講演「病を得て再び<生きる>ため
http://www.saiken.jp/mshiro/cn22/pg180.html
- 細田氏は、2006年10月 著書「脳卒中を生きる意味」を発表された。
- 2006年11月5日「片マヒ自立研究会 100回記念講演会」の中で、「病を得て再び<生きる>ために」と題して、記念講演をされた。
- 最後に、“「脳卒中の犠牲者」から「サバイバー」へ”という言葉で、講演の締めくくりとされた。
- それには、次のような意味があると話された。
- “アメリカでは脳卒中患者というのは、脳卒中を発症したばかりの人を指します。
- 多くの人が、脳卒中になって、かえって人間的に豊かになったと思っているという事実があります。
- この事実はアメリカでも同じように見受けられるものです。
- ですから現在、アメリカでは脳卒中になられた方を、「脳卒中の犠牲者」ではなく、「脳卒中のサバイバー」と呼んでいます。
- サバイバーというのは、生き残った人、生還者ということです。
- そこには、脳卒中を発症しても、たくましく生き延びて、そこから自らの人生を新しく、豊かに切り拓いてゆくという意味がこめられています。
- この会場の中にいらっしゃる脳卒中のご経験者の皆さんに「サバイバー」になって、ご自身の脳卒中のご経験を、周りの人に見せたり、伝えたりして下さるなら、世の中の多くの人が、脳卒中になるということの意味を理解しやすくなるでしょう。
- 犠牲者からジャンプアップしてサバイバーへという願いを込めて、この講演を、締めくくりたいと思います。“
- 「記念講演」
- http://www.saiken.jp/mshiro/cn22/pg180.html

2)ホームページの「トピックス」を発信します!
http://www.saiken.jp/mshiro/cn22/pg122.html

- ・片マヒ自立研究会は、毎月1回例会を開催してきました。
- ・平成21年4月で127回を数えます。
- ・場所:かながわ県民センター:横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2 ℡ 045-312-4810
- 横浜駅西口徒歩5分、障害者無料駐車場あり
- ・平成21年の予定
- 5月17日、6月14日、7月12日、8月はお休み、9月20日、10月11日
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② 2度に亘る「脳内出血」による左半身マヒの
高橋 良三さんの作曲と世界のアーチストの演奏CDの紹介
- 高橋さんの挑戦の記録は、多くの方の共感と感動を呼びました。
- 高橋さんの挑戦の記録は、一応終わりましたが、作曲されたCDの残りの曲目はあと6曲有りますので、ご紹介していきます。「癒し」と「美しい調べ」をご鑑賞ください。
http://www.saiken.jp/human/pg13.html
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③ 論文館「リハビリ14年目の仮設」
- 森山館長の論文は、深い体験と思索と学びに裏付けられものばかりです。
- 今回の論文は、発症14年の軌跡の果てに、辿り着かれた境地です。
- 障害者・健常者共に深い共感と生きべき方向性を示唆されることでしょう。
http://www.saiken.jp/mshiro/pg72.html
