論文集弱者体験者の真の強者(人間の尊厳性を考える)としての根源

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④.弱者体験者の真の強者(人間の尊厳性を考える)としての根源

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 はじめに
 1.人生の壁の出現と人の反応について
 2.「再び生きるために」-「障害受容」と「変容」
 3.中途障害者の「生の分裂」について細田満和子氏はさらに説く
 4. 障害者の「変容」を齎す「挑戦」と「出会い」
 5. 「障害受容」と「変容」について-常識の枠を破ってくれた私の「出会い」
 さいごに

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弱者体験者の真の強者(人間の尊厳性を考える)としての根源

-平成19年:脳梗塞発症6年目を迎えてー


←はじめに→


はじめに

  • 有史以来、人類社会はどれだけの進歩をして来たのであろうか。
  • ただ一つ、確かに科学のみは発達したと言えるであろう。
  • 科学研究に於いては、先人の研究したことを学び、その研究の上に自分の研究をつぎ足して行くという風にして発展させることが出来た為であろう。

  • しかし、突然、人に現れる人生の壁や様々な人生の課題に対し、つぎ足しは出来ない。
  • 各人は、それぞれ第一歩から始めなくてはならない。
  • いくら焦っても、他の人の経験や対処の上に次のものをつぎ足し加えていくということは、不可能である。

  • 人は、それぞれの生涯の中で、時期と形を変え、人生の行く手に立ち塞がる壁に出会う。
  • かつて、「脳梗塞で倒れた人」のことも、父親という身近にあった事柄であったにも拘わらず、私は、真剣に自分のこととしては受け止めることが出来ていなかった。
  • 私は、その壁の威力の凄まじさに打ち砕かれたのである。

  • 障害そのものを受け止める「障害受容」の先に、「生きることへの肯定」即ち「新しい自分の再構築―変容」に至るまでには、深い、長い道のりがあることを知った5年間であった。


←1. 人生の壁の出現と人の反応について→


1. 人生の壁の出現と人の反応について

  • 社会学者:細田 満和子氏は、著書「脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学」の中で中途障害者の苦悩を次のように表現した。

    • 1) 経 験 :人は諸体験を反省し知識とした経験を参照しながら、諸状況に対処している。

    • 2) 対処不能:自らの置かれた状況が、過去の経験を参照しても、対処できない全く新しい「危
      • 機」と思われるような時、人は自己を否定するようになる。そこには「深い絶望」を伴う。

    • 3) 人生の途中で重い病気や障害を持った者を含め深い苦難に出会った者は自らの生すら肯定で
      • きなくなる。
      • 「障害者になった私が生きる価値や方法があるのか。」と問い続け「ある筈は無い。」という答えに苦しみ続ける。

    • 4) 見えない手探りの暗闇に、なかなか出ない新たな決意を作り出さなければ成らなかった。
      • 決意できるまでの、内へのエネルギーの重圧や歩き出すべき方向の確認に中途障害者は苦悩し続けている。


←2. 「再び生きるために」-「障害受容」と「変容」→


2. 「再び生きるために」-「障害受容」と「変容」

  • 社会学者:細田満和子氏は、先の著書の中で、「生きる」を成り立たせるものとして次の5つの位相の統合性として捉えた。

    • 1) 生命:命を持つものとして存在していること。
    • 2) コミュニケーション:言葉を使って考えたり他者とコミュニケ-トすること。
    • 3) 身体:身体を認識したり動かしたりすること。
    • 4) 家庭生活:家族との関わりを持ちながら暮らすこと。
    • 5) 社会生活:職場や親しい人との集まりなどで社会的存在として暮らすこと。


←3. 中途障害者の「生の分裂」について細田満和子氏はさらに説く。→


3. 中途障害者の「生の分裂」について細田満和子氏はさらに説く。

  • 1) 脳卒中の発症は、まず、「生命の危機」に出合う。
  • 2) 更に、障害の後遺症で「コミュニケーションの危機」「身体の危機」に出合う。
  • 3) 看護や介護、収入を絶たれた場合など「家庭生活の危機」に出合う。
  • 4) 現在の社会は、障害者を受け入れる充分な状況には無い。
    • 例え、復帰出来たとしても、身体能力的にも発症前の状況に戻ることは出来ない。
  • 5) 多くの発症者は、以前の自分とは全く違ってしまったことに苦悩する。
    • 「生」をかたどる一つの位相・複数の位相は危機としか捉えられず、その結果、それまで統合性を保ってきた「生」はバラバラに分裂してしまう。
    • この時、人々は、生命体として存在しているのに、人として「生きる」という実感が持てなくなり、痛みと苦しみの中で、時には自らの生命を絶とうとすることさえある。


←4. 障害者の「変容」を齎す「挑戦」と「出会い」→


4. 障害者の「変容」を齎す「挑戦」と「出会い」

  • 細田氏は多くの脳卒中障害者とのインタビューや聞き取りを重ねつぎのように「変容」を説いている。

    • 1) 障害者は、失った各位相を最初は危機としか認識できないが、個人としての異なる様々な試
      • 行錯誤に挑戦する。
    • 2) 数々の試行錯誤の経験を繰り返す過程で、脳卒中になった人々は、自らが受苦的で受動的な
      • 存在であることを認め、病気になったことによって「新しい自分」になったという認識を得ている。
      • この、新しい経験を手に入れるという認識の部分と、新しく実際の身体や生活を作りかえるといった実践の部分の双方が変わる「変容」を齎す。
      • この「新しい自分」を見出した時、ばらばらになった<生>をかたどる位相は再び統合されて行くと。
    • 3) 自分が自分で無くなったと思う「絶望」の中から、挑戦しては、失敗し、失敗しては挑戦す
      • る心を支え、病を持つ自分を肯定的に捉え直すことが出来るようになるには、「医療関係者」・「家族」・「友人」・「思想」・「仲間」などとの出会いに大きな影響があった。
      • 「変容」を齎す挑戦への勇気を奮い立たせる「出会い」が「自立への要」になったのである。
    • 4) 真の「出会いの意義」について
      • ① その「出会い」は、単に人と人が会うことや同じ場所で行為することとは異なる。
      • ② 「出会い」とは、「生」をかたどる各位相が、危機に陥ってバラバラになるという状況
        • に直面した人と、支える他者が、互いを必要としつつ支え合うという関係性が築かれることである。

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 はじめに
 1.人生の壁の出現と人の反応について
 2.「再び生きるために」-「障害受容」と「変容」
 3.中途障害者の「生の分裂」について細田満和子氏はさらに説く
 4. 障害者の「変容」を齎す「挑戦」と「出会い」
 5. 「障害受容」と「変容」について-常識の枠を破ってくれた私の「出会い」
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←5. 「障害受容」と「変容」について-常識の枠を破ってくれた私の「出会い」→


5. 「障害受容」と「変容」について-常識の枠を破ってくれた私の「出会い」

  • ① 「障害受容」が、私の最大の関心事であったが、本論文を得て、「障害受容」の先にある「変容」
    • という言葉の持つ偉大さを心から感じた。
  • ② 「変容」を自分が確認できたとき、「新しい人」が生まれるのであり、「障害受容」だけを求める
    • 限り、いつまでも限りなく小さく成って行っても、「障害受容の残骸」は残り続けるものであったろうと思う。
    • 私にとって真の「障害受容」は出来なかったのかも知れない。このことにはっきりとした論理を知りえたことはこの上もない喜びであった。
  • ③ 発症以来6年目―「1種2級 重度身体障害者」という私の身体状況が、若干の障害は残りつつも、
    • 通常の生活に戻れた事実に加え、「生まれ変わった新しい自分」と遭遇していた。
  • ④ 健常者であったときと全く違ってしまった「心の開放感」と「澄み切った生命なるものへの畏敬と
    • 感動」が甦っていた。
    • 「生まれ変わった新しい自分」ということを「甦りとしか言い表せないこの感覚」を不思議に思う。
  • ⑤ 「新しい自分」は既に自分の中に埋蔵されていたものであったのである。それを、齎せてくれたも
    • のが、「数々の真の出会い」であった。

    • 1) 医療関係者との「出会い」
      • ① MRIの所見の説明の後、神経内科の医師に「右脳に梗塞が見られ、運動神経を直撃して
        • います。左に、麻痺が残るでしょう。リハビリで何処まで回復するかですね。頑張ってくださいね。」と明るく言われた。
        • その明るい言葉の響きによって、安心がもたらされ、リハビリをやろうという気持ちが植え付けられた。
        • 医師の言葉というものは、何にも増して大きな影響力があることを感じている。
      • ② 神渡良平氏の「人は何によって輝くのか」(PHP研究会)の中の一節「壊死した脳細胞
        • はどうにもならないけれども、周辺の脳にある程度の代替機能を得させることができる。リハビリは早ければ早いほどいい。症状が安定する前に代替機能をつけさせることが大事だ。」
        • これらの言葉を自分の都合の良い方に結びつけて解釈してしまったが、リハビリへの決意を深める大きな、大きな要因になった。

    • 2) 理学療法士・作業療法士との「出会い」

      • ① 理学療法士の、「今日はいいですね。」「本当に頑張られますね。頭が下がります。」
        • という毎日の言葉に多くの勇気を得た。
      • ② 作業療法士は、「30年間近いこの仕事で初めて会った人だねえ。あなたの努力は凄い
        • !」「手は、より実用的になるまで、気長にリハビリすることが大事だな。」とポツリと言われた。
      • ③ 何度かの手紙や体験書籍を頂いた。この信頼できる医療関係者との「出会い」で、挫け
        • そうになる心がどれほど支えられたことか。
        • 手は治らないと言われていたとしたらあの努力が出来たであろうか。
        • 顧みて、医療関係者の言葉の重みを改めて痛感している。

    • 3) 家族との新たな「出会い」

      • ① 家族との関係は大きな「変化」と「変容」を招いた。倒れて、脳梗塞の精神的後遺症に
        • 苦しむ私にとって、妻はいつも適切な言葉を懸けてくれた。
        • 特に、次の言葉が沈みゆく心を、リハビリに向かわせ、多くのことへの挑戦の意欲の元になった。
        • 「あなたは、感動的に人生を生きる人だから、この病気もきっと感動に変えて行くわ!」
        • 「仕事のことなんか心配しないで!私は大工の娘だから、何でもやれるわ。生活のことなんて心配してないのよ。」
      • ② 子どもたちは、発症以来、親に頼る生活が一変して行った。
        • 家庭も振り向かず、仕事に没頭した自分の過去を悔いていたが、闘病中に子どもたちが、私の友人に語ったという「自分の尊敬する人は父母です。」との言葉は、リハビリに駆り立てる大きな力となって行った。
      • ③ 子どもたちは、自立して行った。
        • 新しい家族との「出会い」が生まれた。

    • 4) 友人との新たなる「出会い」

      • ① 東京から岐阜県へ移動したのは、「過去の清算」と「新たなる仕事」と友人が「リハビ
        • リを手伝いたい」との申し出による「リハビリの場所」を求めてのことであった。
      • ② 友人の二人は、車の運転が出来ない我々夫婦の足になり、仕事をセーブせざるを得ない
        • 身体状況の中で、自分の生活を犠牲にして、私のリハビリに徹頭徹尾一緒に付き合ってくれた。
      • ③ 一緒に学び、未来を語り合い、美しい自然を求め、語り合う日々が続いた。元に戻らな
        • い身体を見つめ、体調不良も加わり、失いかけようとする私の誇りをいつも支え守り続けてくれた。
        • 言葉に表現出来ないほどの感謝の思いが心に充満している。
        • 雨の日も風の日もリハビリで歩き続けた5年間の日々は私の宝物になっている。

    • 5) 同病者との「出会い」ー自主グループ「片マヒ自立研究会」

      • ① 「心が動く」-脳卒中片マヒ者、「心とからだ十五年」森山志郎著という1冊の書と偶然
        • に出合った。
      • ② そこには、障害と共に15年間生きて来られた現実と越えて来られた多くの課題と努力
        • の道程が、丁寧に正直に語られ、加えて「障害と人生」に深い考察がなされていた。
      • ④ 私は、森山氏が主宰する「自主グループ・片マヒ自立研究会」へ参加した。
      • ⑤ 自主グループで、発見したことは、そこでは、あまり努力しなくても、仲間の中では分
        • かり合えることであった。
      • ⑥ 互いが互いを必要としつつ支え合うという「出会い」があった。

    • 6) 共感する他の種類の障害者との新たなる「出会い」

      • ① 身体障害者の後遺症は、経験した者でなくては分からない。
      • ② 障害による後遺症は大きな個人差があり、まして障害の種類が違う他の人の後遺症のこ
        • とは、全く分からないのではないかと思う。
      • ③ しかし、「辛かったでしょうねえ。」「そんなに大変でしたか。」「分かるなあ。」と
        • いう「共感の言葉に」心が癒され、多くの障害者の心が開いて行かれるのである。
      • ④ この病を得て、「バリアフリーの市民推進会議」や「障害者タウンページ」という事業
        • の検討などに関わる事になった。
        • この病を得て、世界が広がって行ったのである。

    • 7) 新たなる仕事との「出会い」

      • ① 自らの過去との清算を終える作業が完了して行った頃、「精神対話士」や地場産業への
        • 就労など新たなる仕事の扉が開いて行った。
      • ② 「障害受容」を完了できたと自分自身で思えてきた頃から、社会貢献への意欲が芽生え
        • てきた。
        • 「かがやき世代の会(団塊世代塾)」「日本一きれいなまちづくり実行委員会」「地域市民SNS(ソーシャルネットワーク)」「真美会」などの設立に参加した。
      • ③ それは、過去を否定するものではなく、それを活かしながら、自分の中にある現在の可
        • 能性を見つめ、開発していく道であった。
        • 新しい形で、社会に貢献出来る道を見つけ出すためであった。
        • それは、新しい仕事・新しい環境・新しい人々と噛み合いながら、そこで生きるのもまた自分なのだと思い返せる「新しい自分」を発見することになった。

    • 8) 新しい自分との「出会い」

      • ①「ニーチェ」は「苦痛そのものに耐えられないのではない。苦痛に意味がないことに耐え
        • られないのだ。」と言った。
        • 人間には、人間の尊厳と自分の存在を大切なものとして感じて生き切りたいと願う人類普遍の思いがあるのだと思う。
      • ② 過去の清算への行動との「出会い」:それは、自分の苦悩から目をそらすことなく、冷
        • 静に「過去と苦悩」を分析することから始まった。
      • ③ 苦悩の原因は、以前の元気な自分との比較であった。
      • ④ そこで、生まれてから発症までの記憶に残る自分の過去の出来事を整理した。
        • 今までの自分の人生の全てを総括することで、病に倒れた自分なりの人生の意義を見つめ始めた。
      • ⑤ 多くの体験を不幸と思ったこともあった。
      • ⑥ 自分を不幸にするものは、不幸の原因が全て、他の人や世間の外界にあり、自分以外に
        • 不幸の責任を求めることであることを知った。
        • 人生には、次々と問題が生じてくる。
        • 人間の理想は無限であり、これで良いという到着点が無く、到着したと思った瞬間に、さらに生成発展を求める心がわが内にあればこそ、次々に苦難と思えるものが現出してくることを確認して行った。
      • ⑦ 本当の内なる信念に生きる以外に、永遠の心の安らぎは無かったのである。
        • それは、誰にも、何にも頼らず、障害を持ったこの身このままで、試行錯誤しながらも、勇気をもって、何度でも立ち上がる決意と信念が要諦であることを自分の心と対話し続けた。
      • ⑧ この5年間の体験は何のためにあったのか。
        • ・ この肉体だけが本当の自分でないことを感じていた。障害を克服できても、いつ
          • か滅びる自分の肉体だけが、私の全てであるはずはないと感じ続けていた。
          • 不完全な自分の身体へのリハビリへの意欲そのものが、不完全を許さない、不完全な肉体の否定であると思った。
        • ・ しかも、たとえ、肉体が元のように戻ったとしても、肉体はいつか滅びるもので
          • あり、何人も老化という事実を回避できない。
        • ・ 人間の現象的常識の間違いを見つめて行った。
          • 人間は、死を恐れ、片方で死を求める。
          • 老化することは、若さというものがいいという常識、老化は醜いと言う考え方があるのである。
          • 現象思考の、表面的美しさ重視の考え方が若さを求める。
          • 私にも若い時代があった。
          • 私は、その若さを感動をもって生きたのか?
          • 若きときは若さに満足せず、色々な迷いで自分を苦しめて来た。
        • ・ お金も同じであった。お金がある時には、無駄を無駄と思わない贅沢を豊かさだ
          • と錯覚していた。
          • しかし、本当の豊かさは我が内にある。
          • この病を得て、小さいお金にも、感謝できる真の豊かさを感じられる自分を獲得したのである。

          • 何故、人生の最後に老化を神は持ってきたのか。
          • 若さだけでは出来ない、それぞれの年代でしか出来ないやるべき仕事をする為に、これからの時期があると思えるようになった。

          • 高齢化していく年代を生きることは、私にとって「未知の世界」に初めて入って行くことである。
          • どのような体験を重ねていくことになるのか。
          • 発症6年目を迎え、ワクワクしている自分と遭遇している。

        • ・ この5年間、私は苦しみ続けた。誤魔化しの出来ない、言い訳の出来ない、見栄だ
          • けで生きることの出来ない環境と出会った。
          • 未来への不安と、過去への悔恨と、家族や友人への申し訳なさと、迷惑ばかり懸けてきた自己嫌悪の中で、自分を見つめ続けてきた。
        • ・ 「変容」した「新しい自分」を細田氏は論文の中で次のように定義した。

          • 《従来のように健康で効率良く働ける能動性を備えた「強い主体」ではなく、身体に限界付けられ、否応なしに外界からの働きかけを受け、受動的にならざるを得ない「弱い主体」である。
          • しかし、この「弱い主体」は自らが傷つきやすく、弱い存在であることを経験として知ることによって多様性に開かれるという、人間としての豊かさを兼ね備えた肯定的存在である。
          • 弱さを肯定できる「新しい自分」は健康で働ける強い者だけに高い価値が置かれ、そうした強い者が、病や障害を持つ者や働けない弱いものを支配するような構図に疑義を呈し、弱い者こそ、困難の多い生を懸命に生きる強さと誇りを持っていると考える。》と。

        • ・ E.フロムは《何ものにも執着されず、束縛されず、生きることそのものを肯定す
          • ることを「持つこと」ではなく「あること」》と提議した。脳卒中になることによって見出された「新しい自分」とはE.フロムが構想した、社会変革の可能性を併せ持つ主体とほぼ重なるといっても良いだろうとも主張した。

        • ・ 障害者になって初めて分かる、弱い者を経験した者が持つことの出来る「誇り」
          • への感動を細田氏の論文から受け取ることができた。
      • ⑨ 私という人間の心底からの願いとの「出会い」

        • ・ 「お金を稼いで、心配のない生活をする。」という現象的な楽な生き方が私の真
          • の願いではないことを、脳梗塞を生きる過程で感じてきた。
        • ・ 「私の個性を生かす道に徹すること。そして小さくてもいいから、一人でも多く
          • の人に価値ある生活をして貰う道を創る仕事を私のこれからの一生の仕事にしたい。」という思いが募って行った。
        • ・ 「自己発展の生活」「利己主義の生活」の自分が他より高く上がることによって
          • 喜ぶ生活ではなく、「誠を捧げる生活」「自分本位な我を捨てて行く生活」によって、自分が持てる働きを大にしろ小にしろ、周囲に捧げて、周囲とともに生長して、周囲の喜びを自己の心の鏡に反映させ、周囲と共に生長して喜ぶ生活が出来ないだろうかと考え続けた。

        • このような生活が「私の真の願い」であることを確認して行った。

    • 9) 新しいこれから生きる指針との「出会い」

      • <道は開ける> D・カーネギー(創元社)の中から自分の「生きる指針」と「自己に徹する道」を整理して行った。

        • ① 計画を練ったり、思索に耽ったりして忙殺されていると、悩んだりしていられな
          • い。多忙は悩む暇を与えない!
        • ② 人間は、どんなに優秀な頭脳の持ち主であっても、「1つのこと」しか思考出来
          • ないという法則がある。「交互に」考えることは出来ても、「同時に2つ一緒に」考えられない。
          • これは、感情も同じであり、うきうきしたことに夢中になりながら、もう一方で意気消沈は同時にできない。
        • ③「小事にこだわるには、人生は余りにも短い」些細なことで大騒ぎをするな。
          • そんなことで幸せを逃がすな。
        • ④「不安の種になっている事柄が実際に起こる確率は非常に少ない。」
          • 「過去の心配がどれほど実現したか。非常に少ないはずだ!」
          • →「取り越し苦労、持ち越し苦労の愚を知ること。」
        • ⑤「避けられない運命に従え!」
          • →「過去」を許し、忘れよう!「今」からの生きかたの中に価値あるものを見つけよう。新たなる運命を作ることだ。

    • 10) 自己を知り、自己に徹する道との「出会い」

      • ① 「どんな場合でも、いつも自分らしく振舞うこと。」
        • 「自己一致」「見栄を捨て、恐怖を捨て、愛されたい心も捨てる!
        • 人の為、世のために生きよ!という言葉が駆け巡る。」
      • ② 「人間は、自分の資質の限界のはるか手前のところで生活している。」
        • 「本当の自分を見つめよう。もっと偉大な自分が潜在しているはず。」
      • ③ 「大きな仕事もあれば、小さな仕事もあろう。しかし、与えられた務めという点に変わ
        • りはない。広い道が無理ならば、ほんの小道でもよい。太陽がむりならば、星になれ。
        • 成功と失敗をわけるのは大きさではない。何になろうとも、最上のものになれ!」
      • ④ 「刑務所の鉄格子の間から、2人の男が外を見た。
        • 一人は泥を眺め、一人は星を眺めた。」
        • 私は、星を見る。月を見る。太陽に感謝する。何よりも、見えない我が内の真の願いを見つめる生き方を続ける!
      • ⑤ 「幸福は、快楽ではない。それは、ほとんどの場合勝利である。」と。
        • その通りだ。レモンをレモネードに変えて初めて得られる成就の喜び、征服の喜びである。
      • ⑥ 事故で長期入院の齎してくれたものは、考える時間が出来たことだった。
        • 「生まれて初めて私は世界を見つめ、物の価値を判断出来るようになりました。以前私が手に入れようとしていたものの大部分は、取るに足りない無価値なものだったと気がつきました。」
        • 本当にそうであった。私は、悩み、悔い、自分を責め続けた。
        • しかし、「障害受容と変容の過程」を求めて歩き続けて行く中で、その迷いの雲が少しずつ薄まって行ったのであった。
        • 何時しか、その雲の切れ目から、光が差し込んできた。

        • 迷いは、雲の流れのように、消えては現れ、私の心は其のつど悟りと迷いの間を行き来した。

        • 時を経て、少しずつ雲の上の常在の光の存在を信じられる自分になって行った。
        • 「光は闇を知らず。闇は光を知らないのであった。」
      • ⑦ 現状打破の行動の必要性
        • ・第1に:成功するかも知れない
        • ・第2に:例え成功しなくても、後ろを振り返らず、前方を見つめることになる。
          • 消極的だった考えが積極的になり、それが創造力を活動させ、我々を多忙にし、過ぎ去ったものを嘆く時間や気持ちはなくなってしまうだろう。 


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さいごに

  • 1) 発症以来5年を経過した。
    • あれほど苦しんだ「障害受容の課題」も解決でき、「変容した新しい自分」を発見できた。

  • 2) 「人の弱った心を癒す行動への仕組み」を求めて「私の脳卒中体験」から見詰めてみようと試み
    • て来たが、今は次のように感じている。

    • ① 人が心の組み替えの体験は、深い苦悩と深刻な探求の果てに初めて起ることであると言われ
      • て来た。
    • ② しかし、「新しく生まれた自分」というものは、以前から自分の人格の中に既に埋蔵されて
      • いたものである。
    • ③ 現象的な外界との表面的比較、自分の中にある理想と自分の現状との比較が「苦悩」の大き
      • な原因でもある。
    • ④ 自分の心を満杯にしている苦しみや悲しみを、多くの人やことがらとの「出会い」を通じて
      • 、洗いざらいに発散出来た時、心の曇りが晴れ、その隙間から既に自分に埋蔵されている人格の別の光に気付いて行くのではないであろうか。
    • ⑤ 新しい「出会い」というものは、他者から与えられるものと自分の納得できる真理の探求か
      • ら見つけ出すものとがある。
      • それは、個人の意志と努力、個人の思想、性格、環境などによって千差万別である。
    • ⑥ 人は自分の決断と価値観によって生きている。
      • 自分の人生は自分で決めるという願いと意志は、根本的な人間の本質である。自分の心を開いて行かない限り、真の自分との対話は実現しない。つまり、心を癒すことにつながるの重要な視点は、自分が多くの人と対話を望む状況を作り出すことが出来るかであると思う。

      • その意味で、人が人を救うことは出来ないが、人間は細田氏が説いたように「生の5つの位相」の統合性を保ちながら生きるものである限り、その「生の5つの位相」は全ての人にも当てはまるものである。

      • 自分も他者も別々に生きているのではなく、相互に影響しあい、支えあっているのであることを信じることであると思う。
    • ⑦ 環境は、自分の心の展開であるとも言われているが、現実の世界は、環境が「社会と人間」
      • に「変革」を求めて来たのである。
      • 「時代の変革」に応じられなかった人々は、落伍者として、敗れ去ったように見えるが、実は、決して落伍者など存在してなかったのではないであろうか。
      • 人は、自分の価値を求めて生き続けている。
      • 「苦しみや悩み」はそのような環境の中で自分独自の本当の価値を見出すまでの道程であると考える。
    • ⑧ 人は、独自性の自分の価値ある人生の創造を求め続けている。
      • その為に、家族を含め、より多くの人々の幸福な未来を願い、そこに自分を役立てたいという思いが多くの人の「生と死」を支えて来たのだと思う。

      • その願いを本当に共有できた時、「人の心を癒すこと」に繋がっていくのであろうと思う。
    • ⑨「思想との出会い」と「自己変革」
      • 私の体験で、「癒された者として」の「障害受容」の先に存在した「変容」が出来たのは、「多くの人との出会い」「深い思想と学問との出会い」そして、「障害者の自主グループの存在」であった。

      • そこには、いつも深い人間観に基づいた指導者の存在があった。
      • 最終的には、どの様な思想と「出会い」、既に自らの中に存在する「新しい自分」と出会うことが出来るかが、「変容」即ち「自己変革」であると思うに至った。

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 はじめに
 1.人生の壁の出現と人の反応について
 2.「再び生きるために」-「障害受容」と「変容」
 3.中途障害者の「生の分裂」について細田満和子氏はさらに説く
 4. 障害者の「変容」を齎す「挑戦」と「出会い」
 5. 「障害受容」と「変容」について-常識の枠を破ってくれた私の「出会い」
 さいごに

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~脳卒中片麻痺者 体験と思索集~ 心が動く 森山志郎記念館~LinkIcon
「信仰」 脳卒中・片マヒ者・脳卒中片マヒ者 体験と思索集

シニアの息吹 へLinkIcon
「愛情」 超高齢化社会への挑戦・高齢化世代の生活の再建・復活・創造

ここに人あり へLinkIcon
「幸福」 素晴らしい生き方に挑戦されている中高年や障害者の生活記録です

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四葉のクローバー

花言葉: 「希望」
「信仰」「愛情」「幸福」